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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)5868号 判決 1961年11月10日

原告

岡野峰一

被告

白石和也

外一名

主文

被告白石和也は原告に対し金二〇万円を支払うべし。

原告の被告白石和也に対するその余の請求及び被告株式会社白房社に対する請求はこれを棄却する。

訴訟費用中、原告と被告会社との間に生じたものは原告の負担とし、原告と被告白石和也との間に生じたものはこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告白石和也の負担とする。

この判決は第一項に限り原告において金七万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告らは原告に対し各自金七四万八、八七〇円を支払うべし。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求原因として次のとおり述べた。

一、被告会社は軽飲食店経営を目的とする株式会社、被告白石は被告会社のバーテンダーで従業員であるが、被告白石は昭和三五年三月二七日午前〇時二五分ごろ、被告会社所有の自家用小型自動車五一年型コンサル(車輛番号第五そー二五四八号)を運転し、東京都千代田区駿河台下方面から大手町に向う道路(幅員一六、六米)を大手町方面に向け、時速約六〇粁の速度で疾走し、同区神田錦町三丁目三番地の交さ点にさしかかつた。一方原告は原告所有の自家用小型自動車六〇年型オースチン(車輛番号第五ーや一九六四号)を運転して、同区神田一ッ橋方面から前記交さ点をとおつて美土代町に向う道路(幅員一六、

六米)を美土代町方面に向け進行し、右交さ点にさしかかつたさい、被告白石の自動車が右交さ点手前約五・六〇米の地点にあることを発見したが、通常ならば十分先に通過し得るので時速約三〇粁に減速しながら右交さ点を横断しはじめたところ、被告白石は同交さ点の中心線をやや美土代町方面に越えた地点において、右原告運転の自動車の左側面部に、被告運転の自動車の前部を激突させ、そのため原告の自動車は大破し、原告は第八肋骨骨折の重傷を負い、昭和三五年五月一一日まで入院治療を受けたものである。

二、右事故は被告白石の過失に起因するものである。すなわち当時右交さ点の交通信号機は点滅式注意信号を示していたのであるから、このような場合、自動車運転者たる者は、右交さ点手前において速度を減じ、先行進入車の有無その他左右の交通の安全を確認した上進行すべき業務上の注意義務があるのに被告白石はこれを怠り漫然前記速力のまま進行したもであり、その上当時飲酒酩酊しており自動車運転上の注意力および操作力が十分でなかつたことによるもので、その過失たることは明らかである。そして被告白石は右事故の当時、被告会社の客を送るため、被告会社の所有する自動車を運転していたものであるから、右事故は被告会社の業務の執行中に起きたものであり、それ故被告会社も被告白石と連帯して原告に対し右事故による損害を賠償すべきである。

三、右事故のため原告は、(一)原告の自動車の破損の修理代として金一四万円、(二)右事故の際原告の自動車が事故の地点に近接所在する株式会社オーム社に激突したための家屋修理費として、同会社に金一万五〇〇円、(三)右(二)と同じく右事故による交通標識の破損修理費として神田警察署に金一,七五〇円を各支出し、さらに前記負傷の治療のために要した費用として、(四)東京都渋谷区代々木一丁目五番地石山外科に治療費として金一万五九二〇円、右治療を受けるため、やむを得ず付添人とともに、右病院真向いにある旅館さくら苑に昭和三五年四月九日まで滞在した費用(食費、サービス料、電話料を除く)金三万一、五〇〇円、右負傷によつて併発した肋間神経痛治療のため、マツサージ代として、東京温泉株式会社に金四万三、二〇〇円を各支出した外(五)被告会社の実状調査のため訴外長瀬武雄に金六、〇〇〇円を支払つたので、以上合計金二四万八、八七〇円はそのこうむつた物的損害であり、(六)右事故のため、原告が社長をしているメトロ商事株式会社経営の飲食店等の営業上の監督を行うことができず、かつ前記負傷をし、しかもそのため併発した肋間神経痛が快癒しないまま今日にいたり、そのため多大の精神的苦痛を受けたので、慰藉料として金五〇万円を請求し得るものと言わねばならない。

よつて被告らに対し、各自以上合計金七四万八、八七〇円を支払うべきことを求める。

被告ら両名訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁および抗弁として次のとおり述べた。

一、請求原因第一項の事実中、被告会社が軽飲食店経営を目的とする株式会社で、被告白石は被告会社にバーテンダーとして勤めていること、原告主張の日時場所において、被告白石運転の自家用小型自動車が、原告運転の自家用小型自動車に衝突したこと(右各自動車の車輛番号は原告主張のとおり)、右事故により原告運転の自動車が破損し、原告が負傷し、治療を受けたことはいずれも認めるが、右原告運転の自動車が原告の所有であることは知らない。その余の事実は全て否認する。

第二項の事実中右事故の当時、事故の現場である東京都千代田区神田錦町三丁目三番地の交さ点の交通信号機は、点滅式注意信号を示していたこと、当時被告白石が多少の飲酒をしていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

第三項の事実中原告がメトロ商事株式会社社長であることは認める。その余の事実は知らない。

二、仮りに被告らに右事故による損害賠償の責任があるとしても、右事故が発生した直後、原告と被告白石との間に右事故による損害賠償について、相互に何等の請求をしない旨の確約が成立し、この結果原告は本件損害賠償請求権を放棄したものであるから、原告の請求は理由がない。

三、仮りに右の主張が認められないとしても、原告運転の自動車は被告運転の自動車とほとんど同時に前記交さ点にさしかかり、速度も被告白石運転の自動車と同じ時速約四〇粁であつたのであるから原告自身も右交さ点を通過するについての注意を怠つたものというべきであり右事故の発生については、原告にも過失がある。(証拠省略)

理由

被告会社が軽飲食店の経営を目的とする株式会社で、被告白石はバーテンダーとして被告会社に勤めていること、原告主張の日時場所において原告の運転する自家用小型自動車六〇年型オースチン(車輛番号第五ーや一九六四号)と被告白石の運転する自家用小型自動車五一年型コンサル(車輛番号第五そー二五四八号)が衝突し、このため原告の自動車が破損し、治療を受けたこと、右事故の当時、事故の現場である東京都千代田区神田錦町三丁目三番地の交さ点の交通信号機は点滅式注意信号を示していたことについては、いずれも当事者間に争いがない。

そこで先づ本件事故が被告白石の過失により惹起されたものか否かについて判断する。成立に争いのない甲第一一号証の一ないし四、同号証の七ないし九、証人尾川源、原告および被告白石各本人尋問の結果をあわせれば、原告は昭和三五年三月二七日午前〇時二五分ごろ、前記原告所有の自動車を運転し、東京都千代田区神田一ツ橋方面より美土代町方面に向う道路(幅員一六、六米)を美土代町方面に向け時速約四〇粁の速度で進行し、前記交さ点にさしかかつたところ、たまたま原告の進行方向左側の駿河台下方面から大手町方面に通ずる道路を右交さ点に向け時速約四〇粁の速度で進行して来る被告白石運転の前記自動車を認めたので、一応注意したが、原告の方に優先通行権があるものと思い、そのまま時速約三〇粁に減速徐行しながら右交さ点を横断しようとしたこと、他方被告白石は、右自動車を運転し、同じく右交さ点にさしかかつたさい、当時右交さ点の交通信号機は点滅式注意信号を示していたので、これに気をとられ、その上当夜ビール数本を飲んで酒気を帯びていた事情もあつて、折から右交さ点を横断しつつあつた原告の自動車に気付かず、漫然とそのままの速度で進行し、そのために右交さ点の中心線をやや美土代町方面に越えた地点において五、六米先に原告の車を発見したが時すでにおそく右原告の自動車の左側面部に被告運転の自動車の前部を激突させたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで自動車運転の業務に従事する者は、自動車の運転中は、絶えず細心の注意を払わなければならず、特に前記のごとく点滅式注意信号の行われている幅員の等しい道路(いずれも一六、六米)の交さ点を横断する場合には、いつたん停車するか、少くとも徐行して、先行進入車の有無その他左右の交通の安全を確め、もつて事故を未然に防止すべき義務上の注意義務があるのであるが、被告白石は、右点滅式注意信号に気をとられ、また酒気を帯びてその注意力が散漫となつていたため左右の交通の安全を確認せず、漫然と右交さ点を進行したため右衝突を招いたものであり、もし仮りに被告白石が右交さ点にさしかかつた際、前記のごとき注意義務を遵守していたならば、右方から右交さ点に進入しつつあつた原告の自動車を容易に確認し、適宜の措置を取ることによつて、事故を未然に防止し得たであろうことは想像にかたくないのであつて、ひつきよう本件事故は被告白石が右交さ点における自動車運転者としての注意義務を怠つた過失によるものと言わねばならない。

次に本件事故について、被告会社にも損害賠償の責任があるかについて判断する。

証人桜井武の証言により成立を認めるべき乙第一号証の一、証人桜井武の証言、被告会社代表者白石房子、被告白石各本人尋問の結果をあわせれば、前記被告白石運転の自動車は、被告白石が、東京都千代田区霞ケ関三丁目七番地ニユー、エンパイヤ、モーター株式会社より所有権留保のまま月賦で買入れ、同被告が自己の用のために運転使用していたものであり、本件事故の時も、夕方より右自動車を運転して友人とともに上野附近で飲酒し、夜〇時過頃、右友人と別れた後、帰宅する途上にあつたものであることが認められる。甲第一一号証の七および同号証の九(いずれも被告白石の警察及び検察庁における供述調書)中には被告白石の供述として右自動車は被告会社の買受けたものであり、当夜被告白石は被告会社の店の客を送つて行つた帰りみちの事故であつた旨の記載があるが、この点につき被告白石はその本人尋問において右取調のさいは右のように供述すればいくらか罪が軽くなるかとの考えからあえて事実に反してそのように供述した旨弁解し、右弁解は被告会社代表者白石房子尋問の結果に照らしても必ずしも排斥し得ないものであるから、右各供述記載部分は採用しない。その他に右認定を覆すに足りる証拠はない。以上認定の事実によれば、右自動車は、被告白石が所有権留保のまま月賦で買入れたものであり、本件事故の当日も友人と飲酒するという、全く私的な目的のために運転していたものであるから、右運転をもつて、被告会社の業務の執行につきなされた行為ということはできない。被告会社代表者白石房子本人尋問の結果によれば、被告会社は株式会社とはいうもののその実質は、右白石房子の個人経営と言つても過言ではなく、被告白石は同女の実弟であり、名目的なものとは言え被告会社の取締役をしていることが明らかであるから、被告会社と被告白石とは単なるバー経営者とバーテンダーとの関係以上に密接な関係があることはこれを了解し得るが、右の関係からして直ちに被告白石はその自動車を日ごろ事実上被告会社の用に供していたものと認めることはできず、その他にこれを認めるべき的確な証拠はないから、この点からも本件事故がたまたま当夜は被告白石の私用中のものであつても行為の外形上被告会社の業務の執行につきなされたものと論断することもできないところである。結局被告会社には本件不法行為による損害賠償義務はないものと言わねばならない。次に被告白石は、本件事故について原告にも過失があると主張するので判断する。この点につき原告は原告が本件交さ点に進入しはじめたときは被告白石の車は交さ点をさる五、六〇米のところにあつたと主張し、原告本人尋問の結果中にはこれに相応する供述もあるが、そうとすれば被告白石の当時の速力は約四〇粁であるから、右地点から交さ点の中央まで進出するに要する時間は五、六秒で、その間には原告の車は優に右交さ点を横断し得たはずであり(仮りに被告白石の速力を原告主張の六〇粁としても結果は同様である)、右車の位置に関する主張は直ちに採用しがたいところである。しかし、被告白石運転の自動車の方が、原告運転の自動車より速度が時速にして約一〇粁速いこと、本件事故の地点が、右交さ点を美土代町方面にやや越えた地点であること、原告の自動車の左側面部に被告白石運転の自動車が衝突していること、さらに成立に争いのない甲第一一号証の四添付の図面(現場見取図)によつて認められる右交さ点に入つてからの走行距離が、原告の方が被告白石の方よりもやや長いことをあわせ考えれば、原告運転の自動車が被告白石運転の自動車よりもいくらか早く、右交さ点にさしかかつたことが認められ、右交さ点で交さしている二本の道路はいずれもその幅員が一六、六米であるから、かかる場合には、原告の方に右交さ点の優先通行権があると認めることができる。それ故原告が前記認定のごとく時速約三〇粁に減速徐行して右交さ点に進行したことそれ自体は、自動車運転者として通常の処置と思われ、この点についてとくに原告を責めることはできない。しかし、自動車運転者たる者は、自動車運転中は絶えず細心の注意を払い、万が一の事故に備えていなければならないものであり、特に本件のごとく深夜のため見とおしが十分でなく、かつ原告運転の自動車と被告運転の自動車とがほとんど時を同じくして同一の交さ点にさしかかつている場合には、例え原告側に優先通行権が認められる場合であつても、原告としては相手方運転手に誤認、錯覚等があつてそのまま進行して来ることがあり得るという危険を考え、その動向に注意しつつ万全の措置をとつて進行すべきものと解するのが相当である。成立に争いのない甲第一一号証の四および証人尾川源の証言によれば、本件事故の現場路上には、原告、被告白石双方の自動車についてスリツプ痕がなかつたことが認められ、このことは、原告、被告白石両名とも自動車のブレーキをかけなかつたことを推認させるものであり(右認定に反する原告本人尋問の結果の一部はたやすく信用することができない)この事実と前認定の事実をあわせ考えれば結局原告としては自己に優先通行権あることのみを過信し、前記の措置をとる用意に欠けていたものといわなければならない。

そこで進んで本件事故による損害額について考察する。

原告本人尋問の結果により成立を認める甲第三号証、同第四号証の一ないし五、同第七号証の一ないし三、同第九号証および原告本人尋問の結果によれば原告は、(一)本件事故による原告所有の自動車の修理代として、東京都渋谷区上通一丁目六番地東京日産自動車販売株式会社城西営業所に金一四万円、(二)右事故のため、原告の自動車が事故現場附近に存在する、千代田区神田錦町三丁目三番地株式会社オーム社に与えた破損の修理代として、同社に金一万五〇〇円(三)右(二)と同じく右事故による交通標識の破損修理代として神田警察署に一、七五〇円を各支出したことが認められ、さらに原告本人尋問の結果によつて成立を認める甲第一、第二号証、同第六号証の一ないし五、同第一一号証の五、六および原告本人尋問の結果によれば、(四)本件事故によつて原告は第八肋骨骨折の傷害をこうむりその治療のため、昭和三五年三月二七日より同年五月一一日にいたる間、東京都渋谷区代々木一丁目五八番地石山外科医院において治療を受け、その治療費として同医院に金一万五、九二〇円を支払つたことが認められる。原告は、右治療を受けるためやむを得ぬ処置として同年三月二七日より同年四月九日にいたる間、右石山医院前に所在する旅館さくら苑に付添人とともに滞在した費用金三万一、五〇〇円(食費代、電話代、サービス料を除く)についても損害金として請求しているので考えるに、原告本人尋問の結果によつて成立を認める甲第五号証の一ないし一七および原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故の後暫くして、右事故による負傷個所に痛みを覚え、新宿の鉄道病院に行つて治療を受けようとしたが、同病院は鉄道関係者以外の者は入院させないとのことであつたので、やむなく右病院の紹介により前記石山医院に赴いたが、同病院も満員のため入院を断られたので、深夜のこと故困惑した原告は、右石山医院前にある旅館さくら苑に投宿し、そのまま同年四月九日まで右さくら苑に滞在して治療を受け、その滞在費が附添人の費用も含めて金三万一、五〇〇円(食費電話料、サービス料を除く)であつたことが認められ、かような緊急の場合には、治療を受けるために旅館に宿泊することは通常予想されることであり、又前記証拠および証人尾川源の証言を総合して認められる原告の傷害の部位、程度および原告が右負傷により昭和三五年四月九日にいたるまで、外出、歩行が困難であつたことを合せ考えれば、右の間、右さくら苑に滞在して治療を受けたことは、やむを得ない処置と考えられるから、右金員についても原告が本件事故によつてこうむつた損害と認めるのが相当である。原告は以上の外、本件負傷によつて併発した肋間神経痛治療のためマツサージ代として金四万三、二〇〇円および被告会社の調査のための費用金六、〇〇〇円を各請求しているので按ずるに、原告本人尋問の結果により成立を認める甲第二号証、同八号証、同第一〇号証の一、二、証人長瀬武雄の証言および原告本人尋問の結果によれば、原告がマツサージ代として東京都中央区銀座東六の六東京温泉株式会社に金四万三、三〇〇円、右長瀬武雄に調査費として金六、〇〇〇円を各支払つたことを推認し得るも、右マツサージ代については、それが本件事故による必要なる治療費として支出されたものと認めるに足る証拠がなく、又右調査費については、本件事故による損害と認めることができないので、右に関する原告の請求はいずれも失当である。

以上のとおりであるから、原告のこうむつた物質的損害は、合計金一九万九、六七〇円と認めるのが相当である。

次に慰藉料の額について考えるに、原告本人尋問の結果によりいずれも成立を認める甲第一、第二号証、同第一一号証の五、六および原告本人尋問の結果をあわせれば、原告は本件事故のため前記傷害をこうむつた外、約二ケ月間体の不調に苦しみ、その間原告が代表取締役であるメトロ商事株式会社の経営にも支障をきたし、精神的に相当程度の苦痛を受けたことが認められ、その他本件事故の状況および原告ならびに被告白石各本人尋問の結果によつて認められる原告および被告白石の資産状態、家庭事情、本件事故後の被告白石の態度等一切の事情を斟酌して、原告に対する慰藉料の金額は、金七万円をもつて相当と認める。

よつて本件事故による原告の物的、精神的損害額の合計は金二六万九、六七〇円をもつて相当とすべきところ、前記のとおり本件事故について、原告にも不注意が認められるので、この点を斟酌し、原告のこうむつた本件事故による損害額の合計は、金二〇万円と認めるのが相当である。

最後に被告白石は、原告は本件損害賠償請求権を放棄した旨主張するのでこの点について判断するに、右事実を認めるべき的確な証拠はなく、かえつて成立に争いのない甲第一一号証の七および九、証人尾川源、同長瀬武雄の各証言、原告および被告白石各本人尋問の結果をあわせれば、本件事故の当日は、原告と被告白石との間において、本件事故による損害賠償の問題について、話合いがなされた形跡なく、その後昭和三五年四月に入つて、被告白石の方から数回にわたり原告との間に示談の交渉をしようとしたが、一度は両者の間に話合いがつかず、他は原告と会えなかつたため、結局のところ示談が成立せず、他方原告の方からも同年五月に入つて、訴外長瀬武雄を介して被告白石と示談の話を進めようとしたが、これも不調に終つて、そのまま今日にいたつたことが認められるのであつて、結局原告が本件事故による損害賠償請求権を放棄したものではないと認められるから、この点に関する被告白石の主張は理由がない。

よつて、原告の本訴請求は、被告白石に対し、金二〇万円の支払を求める範囲において正当であるからこれを認容すべく、その余の請求及び被告会社に対する請求はいずれも失当としてこれを棄却し、訴訟費用について、民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武)

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